対象書名:『模倣から「科学大国」へ-19世紀ドイツにおける科学と技術の社会史』宮下晋吉著、世界思想社、2,940円
掲載紙:週刊読書人書評
年:2008.06.13

19世紀ドイツ工業史を技術側面から読みとる

20世紀の工業技術を考える場合、ドイツとアメリカが双璧になるであろう。どちらもイギリスの産業革命を先駆的モデルとして独自な技術立国を果たしたの だが、本書はドイツに絞って、その成立期に当たる19世紀ドイツ工業史を技術側面から読み解いている。全体は「模倣と自立」「転回点」「科学大国への道」 の三部からなる。原典資料を現地で渉猟して書き上げただけに、労をいとわず読み進む価値のある快作である。

初期プロイセン産業のリーダー役となる若き官僚ボイトのことを、本書で知った。

ボイトは、「建築様式や住民の先見の明」のある工業都市グラスゴーに着目し、調査論文を書く。グラスゴーといえばマッキントッシュやワットのいた町であ り、いまでもその大学正門正面には、総長だったアダム・スミスの名と並んでワットの金文字が飾られている。ボイトは、その、イギリス産業の心臓部である機 械制工場を導入する、という大目標を達成するために、工業学校(後のベルリン工科大学)と産業創設協会を一八二一年に創設する。最良の機械を首尾よく入 手・分解して、正確な銅板図面と模型を造り、その解読と利点を展開する技術者と工業経営者群を養成しよう、というのである。同時に数多くの懸賞問題を課す ことによって、ドイツ工業技術の自立を促した業績も大きい。ドイツでは、まず工業経営者の組織化が「科学の組織化」に先行した、のである。

本書で詳細な表に纏められた懸賞問題集を見ると、紡織関係から試験研究、機械設計へと広がっていくさまが伺われる。こうして一八七一年のドイツ国家統一 を契機に、ドイツ工業界は、従来の導入主体から脱皮・転回して、国際競争に耐える品質問題へと目覚める。試験機関を整備し、世界最初の審査公告主義と「先 願主義」という近代的特許制度は、1877年、「世界の工場」になりつつあるドイツ帝国において成立した。先願主義形成の土壌に、ドイツ特有な「コモン ズ」(社会的共有知)の精神がある、との指摘は面白い。

こうして「科学大国への通」を突き進む。ここで宮下氏は、「科学大国」が今日のビッグ・サイエンスとしての「国家科学」と同義ではないと断っている。あ くまでも旧来の協会などの「自治」から「国家的援助」「国家的事業」への変化に「科学大国」の出発点を置くと説明している。その典型として、アッベ、 ショットとガラス技術研究所、顕微鏡・望遠鏡などのガラス器具と素材の開発を取り上げ、「科学大国」への動きを解析している。

そういえば、世紀末から20世紀初頭の明治30年代の日本においても、イエナのガラス工場は「世界一の模範工場」として注目されてきた。アッベ教授を長 とするカルル・ツァイス組合が大家族制に近く、1900年の時点で一日八時間短縮労働を実施し、社会的慈善活動にも尽力していたからである。先進国で初の ドイツ博覧会が東京で開かれたのは、もう四半世紀前の一九八四年であった。その直前、私は西ドイツ政府招待で企業・工場などを視察したが、なかでもショッ トやツァイスの工場管理は印象深かった。本書ではあまり言及されていないマイスター制が工場に取り込まれ、マイスター資格者数を誇る風のあることに感心し た覚えもある。ちょうどこの頃、宮下氏は東ドイツに入って、ポツダムで帝国物理技術研究所の資料調査にあたっていたようだ。

本書には貴重な資料が累積しており、19世紀技術史への手堅い貢献になっている。

マイスター制の検討も今後の課題になるだろう。

ドイツ商工会議所で懇談したが、このときでもメッセ、見本市会社は五つあり150年の歴史を刻んだドイツ商工会議所で、全企業の加入が義務つけられ、国内 外に百余の支部を持ち、国家と経済界を仲介する姿を説明受けた。