対象書名:吉永邦治著の『釈迦十大弟子の風貌』、向陽書房(2007) 1429円(税別)
掲載紙:『形の文化研究』第4号
年:2008

 吉永さんは、これまで飛天や仏教的素材を 中心に、シルクロードをはじめ東洋各地をスケッチ旅行して、精力的に展覧会を開いてこられた。画は山口長男氏に学び、高野山大学で仏教学を修め、いま大阪 大谷大学教授だが、そのお人柄で本会会員としても幅広く活躍されている。小生の書棚にも、紀行体験の結晶である文と作品の『東洋の造形』(理工学社)や 『飛天の道』(小学館)が収まっている。

その吉永さんが、釈迦十大弟子の風貌を50号ほどの鉛筆画作品にまとめた。それぞれに1,2ページの短文をつけ、十大弟子の特徴を浮かび上がらせている。
じつはこの本を送っていただいたのが年末で、新年早々、私は2度目のインド旅行に出かけるつもりで、今回は仏蹟巡りを予定にしていた。この準備もあった から、さっそく、ありがたく読ませていただいたのである。ブッダの十大弟子は『法華経』や『維摩経』でおなじみだが、面授口訣の直接の高弟たちである。吉 永さんも参照されたらしいが、興福寺の十大弟子像は有名だし、棟方志功の版画作品もある。吉永さんがこういった仏教史上著名な弟子たちをどう描くのか、関 心をそそられたのはいうまでもない。

十大弟子には、バラモン(僧侶階級)出が4人いた。智慧第一の舎利仏(サーリブッタ)と親友で神通第一の目?連(マウドガルヤーヤナ)、頭陀第一の摩詞 迦葉(マハーカーシャパ)の3人はマガダ国の王舎城近村出身、もう一人がアヴァンティ国出で論議第一の迦旃延(カーティヤーヤナ)。クシャトリア(貴族騎 士階級)出(釈迦もそうだが)は4人で、コーサラ国舎衛城生まれで解空第一の須菩提(スプーティ)、ブッダの従弟で天眼第一の阿那律(アニルッダ)、多聞 第一の阿難陀(アーナンダ)とブッダの長男で密行第一の羅?羅(ラーフラ)の3人が釈迦族カピラ城出。ヴァイシャ(工商階級)はインド西部の貿易商人で説 法第一の富楼那(プールナマイトラーヤニープトラ)、最後にシュードラ(隷民)出のカピラ城宮廷付き理髪師で、持律第一の優波離(ウパーリ)。 仏教は脱 バラモン教で、カーストの階級制度を否定したのだから、こういう私の整理はよけいなことである。十大弟子といえば、私にとって大好きな経典『維摩経』がす ぐに出てくる。なにしろ、ブッダと同時代人で口うるさい維摩居士(在家の信者)の病気見舞いを、ブッダの命にもかかわらず、十大弟子がみな「その任に堪え ず」として拝辞し、ついに文殊菩薩が代表して維摩と問答をするのが『維摩経』なのだが、尻尾を巻く十大弟子の人間味が愉快なのである。

『法華経』ではどういうわけか、十大弟子のうち、盲目の阿那律と優波離は出てこないが、その他は年功序列の顔見せになっている。今回の旅で、私はその話 の舞台、ラージギルの霊鷲山に立ってきた。ブッダ没後、初めての仏典編集会議(第1次結集)に危うく、阿難陀はまだ修行が足らず、として拒否されそうにな る。しかし洞窟にこもって座禅を続け開眼、兄弟子たちに受け入れられるのだが、その阿難陀窟も拝みもした。25年間ブッダの身辺に仕えた最若年の阿難陀 は、イエスのヨハネ的存在で、お経に付き物の「如是我聞」の語り部でもある。

吉永さんのスケッチ像は、どれも、ご自身の境涯を重ねて長老の風格があるが、ブッダの説教中居眠りしたのを恥じて、以降眠らず、目を開いたまま失明する 阿那律の、迫真の眼がとくによいと思った。智慧者らしい舎利仏の鼻と口元、最下層の優波離の満ち足りた顔もよい。私がこだわるのは阿難陀像だが、長老風に 描いていてこれはこれでよいけれど、いずれ青年像でも見せてほしい、と勝手にお願いしておきたい。

本書は30頁ほどの瀟洒な冊子である。説明文は簡潔に入っているが、「テーラガーター」の岩波文庫本、中村元訳『仏弟子の告白』などもあわせれば、本書 のいずれも顔貌の一部を大写しにしたスケッチが、さまざまに見る人たちに、語りかけてくれるだろう。