編集後記

 今年もあわただしく暮れようとしている。紅葉も終わり近い木枯らしの吹く観光地日光に、家人と久しぶりに出かけた。家康没後四〇〇年記念というのに、一番の目玉である陽明門はオリンピックに備えてか、幌をかぶって化粧直し中。そこでじっくり、神厩舎(神馬を入れる小屋)の長押北側と西側の欄間にある、猿の一生を示す彫刻を見てきた。計八面。道教の流れである庚神信仰では、猿は馬の良医だとされる。

ご存じ、あの「見ざる言わざる聞かざる」の「三猿」は、北側左から二番目にある。これが秩父神社では「お元気三猿」彫刻になって、「よく見てよく聞いてよく話す」教訓になっているというのだから、寓話には裏表があるのだろう。

この原型は、孔子が愛弟子の顔回に仁の要点について述べた言葉、「礼にあらざれば見ることなかれ、聴くことなかれ、言うことなかれ」(『論語』巻第六顔淵第十二)にあるといわれている。もっとも孔子はもう一つ、「動くことなかれ」と四つ指摘していた。四つ目は教室でも落ち着かないいまの若者向けか。

マイナンバー(個人番号)制の発足間近になった。便利な面も多いが、個人情報の流失が心配される。

聞いた話だが、米国情報機関の施設には職員向けの看板に、「ここを出るとき、君たちの見たこと、やったこと、聞いたこと、を持ち出すな」、とあるそうだ。

内部告発は組織の隠蔽体質を打破するのに有効な面もあるが、忠誠心を第一に考える向きには苦々しい。民主主義政治の困難な課題の一つである。

新年は申(猿)年、「三猿」の意味は深そうである。ご興味のある方は、大阪の国立民俗博物館(いわゆる民博)に出かけて、中牧弘允教授が集めた「世界の三猿コレクション」をどうぞ。

『鎌倉三日会会報』2015年12月号「編集後記」より