公明新聞書評   金子務(科学史家)

海部陽介著
日本人はどこから来たのか?
  文藝春秋社 2016年2月刊 1300円(税別)

 これは胸躍る日本人ルーツ探しの書である。日本列島最西端、最近は自衛隊も駐屯する与那国島がその目玉だ。天気がよければ台湾も見えるが、逆に台湾からは低い島影なので見えない。ところが古くは五万年前の後期旧石器時代に、新人ホモ・サピエンスは船で強い黒潮が流れるこの海峡を突っ切って、元祖日本人になったという。この新人の元祖たちはアフリカから大拡散して、欧州に行ったのがクロマニオン人、ヒマラヤ山脈南ルートを辿ってアジアを横断して来たのがアジア人たちで、別にヒマラヤ山脈北ルートから北方と中央に分かれて対馬や北海道に現れた祖先たちと、最後に日本列島で再会、ここに日本人が生まれたという話である。
著者の海部氏らは、いま一般の協力金を募って、古代人が直面した困難な黒潮横断という台湾・与那国のルート検討のため古代再現船を計画している。国立科学博物館が拠点になるが、内外の人類学、民俗学、海洋学、船舶工学の専門家たちを糾合する夢の大プロジェクトだ。
この計画が荒唐無稽でない証拠は本書にもいろいろ提出されている。DNAや遺跡調査、重要な化石の数々だ。われわれ現生人類のホモ・サピエンスは、一八五万前に出現した原人たち(北京原人やジャワ原人)、三〇万年前の旧人たち(ネアンデルタールたち)の子孫ではなく、アフリカで生まれ、出アフリカの一回限りの爆発的イベントから、ヨーロッパも含めて、ユーラシア大陸全体に拡散したというのも、従来の多地域進化説や海岸移住説を否定する新しい見解だ。狩猟・採集・移住の旧石器時代から農耕・牧畜・定住の新石器時代への大転換は同じホモ・サピエンスが経験したものだが、その初期形である後期旧石器時代人の、ビーズなどの装飾品・柄付き細石器・針などの骨角器という創造的石器三種は旧人には全く見られない。新人への人種革命があって初めて生まれた特有な技術体系であることを、著者は雄弁に語っていて、飽きさせない。(『公明新聞』2016年4月10日掲載)