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京都と中也を結ぶNPO法人京都中也倶楽部
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科学教育の根本問題
 昨今のお寒いテレビ番組作りやわが国の数学や科学畑の青少年対象の学力オリンピックの低調ぶりを見るに付けても、昨年、国際数学連合が数学の応用に力点を置いて新設した第一回ガウス賞に、伊藤清京都大学名誉教授が選ばれたのは明るいニュースであった。この慶賀すべき受賞を他山の石として、わが国の科学教育の現状は猛省すべきである。
 ガウスは一八世紀末から19世紀に活躍したドイツの数学・物理学の巨人であった。四次元的ガウス面幾何学でアインシュタインの一般相対論の母胎を作り、小惑星ケレスの軌道を予測し、電磁気学への貢献でその名を磁気誘導の国際単位に採用されている。伊藤博士が創始した確率微分方程式論と確率解釈の仕事は、工学・物理学・生物学・経済学・金融工学の異分野に応用され、顕著な業績を上げた。まさに伊藤式手法が、キーテクノロジーとして、20世紀の重要な数学的革新を生んだという、日本人には嬉しい評価であった。

 ここで、声を大にしていいたい。第一線でしのぎを削る研究の現場と、後方で次世代をになう青少年の基礎的な科学的思考力を高める理科教育の現場とは、なにに力点を置くかは違ってよい、ということである。科学研究と科学教育の課題がピッタリ重なっていると考えるのは間違いである。私自身も含めて大方の研究者はそう考えてきたが、それは間違いである。柔軟な頭脳を相手にする理科教育では、まず数物系を重視するのが肝要である。論理力、推理力の養成に最適だからである。科学の歴史に照らしても、ガリレオの落下法則の定立という力学の成立が、近代科学形成の大きなうねりを引き起こしたのである。

 わが国の科学振興でいえば、研究陣のトップを伸ばし同時に科学理解の裾野を拡げるのが理想である。しかしわが国の科学系諸学界の現状では、平等主義の名の下に、科学オリンピック参加にも学界内に反対意見が多く、エリート養成の飛び級制度も千葉大と一部私大に見られるだけである。国際コンテストの優秀成績者の優先入学さえも考えられていない。国際物理オリンピックは、各国高校生五人のチームが実験問題のほか理論問題3問を5時間で解く。この世界コンテストは、1967年ポーランドで第1回が開かれて以来、東欧、アジアさらに欧米も加わっていったのだが、日本の参加は2005年の国際物理年の翌年、つまり去年になってやっと始まったばかりである。

 いまの科学研究は世界的に生命科学全盛期を迎えている。数学オリンピック(アジア太平洋数学オリンピックに日本は2005年の第17回から参加し、昨年の18回では参加国21ヶ国中、米韓台に次いで4位である)で活躍した高校生の多くが、大学では医学部に進もうという時代である。十年ほど前、日本科学技術会議の生命科学基本計画策定の専門委員として尽力した立場からいえば、嬉しいことである。しかし私の学生時代は1950年代だが、湯川秀樹のノーベル賞効果があって、理論物理学全盛時代であった。『物理学は世界を変える』などというベストセラーが生まれ、「物理帝国主義」という言葉さえ聞こえてきた。要するに研究分野には流行があって力点が大きく動くのである。いわゆるパラダイム・シフトである。研究ではそうあって当然なのである。

 しかし理科教育では違う。数物系を中心に論理的推理力を鍛えて、優秀な研究者群をプールし、日本国民の科学的常識レベルを高めることこそ、今の国家戦略でなければならない。数物系で鍛えた若者が大学や企業のどの分野に進もうが自由である。知識偏重の詰め込み教育、総花主義は理科教育を窒息させるだけである。最近の全国高校生15万人の学力調査では、記述式の数学問題では無回答が六四%に達している。数物系にもっと傾斜して論理的思考力を鍛えることに重点を置くべきである。
『公明新聞』2007年4月29日掲載
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