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「科学の本」第3回 生命論
 生命論はよくも悪くも、DNA論議ぬきには語れない。英語だと、遺伝は「ヘレディティ」で遺伝子は「ジーン」とまるきり違うが、日本語では遺伝と遺伝子は一字違いで誤解されやすい。たとえばガンは体細胞の遺伝子変化で、そのガン化した細胞はからだと運命をともにして消えてしまい遺伝しない。遺伝するのは生殖細胞の変化したDNAだけである。ガン研究の黒木登志夫による『がん遺伝子の研究』(中公新書)はよく書けている。自分のポリープ摘出体験に始まって、遺伝子研究の長い歴史と現状が、豊富なエピソードとともに語られている。DNAの二重構造発見者でクリックとともにノーベル賞ももらったワトソンの『二重らせん』(中村圭子訳、講談社文庫)は、冒険的工学的センスの主がモデルを組み立て、並みいる先輩諸氏を唖然とさせたかいきいきと発見過程を当事者が語っていて、興味が尽きない。これ以降の遺伝子研究史では、同じ著者が共著した『DNA』上・下(講談社ブルーバックス)が手頃で参考になる。

 動物としての人間に着目した古典に、ノーベル賞行動学者のローレンツの『攻撃』1,2(日高敏隆他訳、みすず書房)がある。動物たちの攻撃本能が種の維持に貢献する一方、儀式化によって抑制する仕組みを発達させているのに引き替え、人間のおぞましさはどうだ、と考え込ませる物議をかもした書で、再読すべきもの。本質的に比較解剖と系統発生の両面から人体のあり方を論じた三木成夫著『胎児の世界』(中公新書)も、熟読に値する名著である。いまをときめく養老孟の兄貴分に当たるが、美しい図譜を駆使して、深く人間の諸相について考究したもの。三木解剖学の魅力は、何よりも「生命記憶」などという雲を掴むようなキー概念を、解剖すべき生々しい生命体から直接的に構築してきた点にある。「生命記憶」は、アミ−バから人間に至るすべての生物が抱くもので、体制と環境の無数の生活条件から同化しつつ適した生命の「原形」を体得(=憶)し、自らの体制に刻み(=記)つけてきた「おもかげ」とされる。いまエコロジーとか環境とかいうが、私たちの身体に植物的な器官が埋め込まれていて、これを介して地球ー太陽系の営みに参加していることを、明確に解剖学的に示してくれている。私も解題に当たった遺著『生命形態学序説』(うぶすな書院)と併せて読まれるとよい。

 活発に著作活動を続ける金森修のものでは、『自然主義の臨界』(勁草書房)は東西生命思想家、橋田邦彦・ベルクソン・フェレンツィ・三木成夫・ヘッケルなどを摘出しながら、生命論の現状を照射している。これはある意味では生命論の多様性と困難さがどこにあるかを告げる書でもあるが、「摂食障害という文化」の一章は、その文化史的意義とともに医学・臨床心理学・社会から見た心と身体のよどみを問題にしていて、読ませる。
『東京/中日新聞』2006年4月23日掲載
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