対象書名:マイケル・ブルックス著(楡井浩一訳)
『まだ科学で解けない13の謎』草思社、2010年4月出版
掲載紙 :『東京(中日)新聞』2010年5月23日号

こりゃおかしい、へー、知らなかった、という悩ましい科学の謎13を、当事者の取材をとうして纏めたドキュメント。どれも物理学、天文学、生物学、医学 にまたがる大問題で好奇心を大いにそそられるが、危うい話題性に富み、事業仕分けの対象にもなりそうなものばかりだ。

いわく、暗黒物質はホントにあるのか、二種の宇宙探査機パイオニアの軌道異常は物理法則の破れを示すのか、重力は昨日と明日では変わらないのか、常温核 融合はホントに起こったのか、何を生命というのか、ヴァイキングは火星に生命を見つけたのか、あれは宇宙人からの一回かぎりの信号だったのか、あの巨大異 形ウイルスが全生命の共通祖先なのか、なぜ生き物は死ぬのか、なぜ生き物はセックスにこだわるのか、自己責任というけど自由意志ってないのでは、偽薬(プ ラシーボ)効果の効果的利用法は、同種療法(ホメオパシー)は魔術じゃないのか、など。

著者はなかなかの硬骨漢ジャーナリストだ。新たな科学革命は、もうわかったことからではなく、わからなくて異例であるとしてはじかれてきた問題から生じ るのでは、という信念から問題に迫っていて、好感が持てる。際物めいた筆致を避け、十分にクールな論理を貫いているのもよい。

それにしても挑むテーマは、まともな科学者なら二の足を踏むような大胆不敵な研究領域で、多くは研究費をカットされる憂き目も見ている。

常温核融合の実験結果を公表して世界を驚かせ、しかしいまや魔女狩りの対象となってしまった二人の科学者にインタビュウして、革新の芽を読み解こうとし ている。きわどい話題は終章の同種療法。起因物質なるものを、「類似の法則」と称して、繰り返し希釈・振とうして治療薬とする。この錬金術起業家の現場ル ポと、問題は起因物質でなく解明不十分な水の存在形態の多様性にないのか、との示唆が面白い。