対象書名:『アンティキテラ:古代ギリシアのコンピュータ』ジョー・マーチャント著、木村博江訳、文芸春秋、1,900円(税別)、2009年5月15日刊
掲載紙:『日本経済新聞』
年:2009.06.14

スリリングな謎解き冒険史

錆に覆われた奇怪な青銅機械、何十もの歯車がある。エーゲ海南東部ドデカネス諸島の岩だらけの島アンティキテラ島で、海綿獲りのダイバーたちが、海面下 60メートルの海底から古代ギリシアの貴重な彫像や壺の奥で見つけたものだ。1901年のことである。

それから半世紀後、新米科学記者の私は、その謎を解いたという英科学史家プライスの衝撃論文を夢中で読んでいた。天文機械時計が古代ギリシアにあった、な んて。本書はこの謎解き冒険史である。やがて来日したプライスは科学情報爆発のプライス曲線で有名になっていたが、本書から、彼の役は重要だが中締めに過 ぎず、その後あっさりと、CT断層写真技術を駆使した野心的映像作家グループに、栄誉を奪われていったことを知った。

私にとっても、本書は半世紀目の衝撃である。アテネのパルテノン神殿を仰ぐアゴラ遺跡を歩き、国立考古学博物館で、ガラスに納まった20cm足らずの十 字の円環と歯車の主要破片を見たが、あと五つの小さな断片から組み立てるパズル解きで、「プライスは半分もわかっていなかった」のである。X線時代を超え るCT像解析で、いまや五重螺旋文字盤等から古地名、オリンピアなど四つの古代競技大会名、方向名など2000字が解読され、なお続行中なのである。

天文観測器アストロラーベでは、という説は、用途不明な多数の歯車の存在(最終30個にも)を説明できず、まず消える。では、太陽・月・惑星の運行を知る 天文時計なのか? 14世紀の有名天文時計は大小107個の歯車がつく。謎の機械は放射線年代測定法で紀元前1世紀、ロードス島の略奪品とともに沈没した らしい。それにしても古代ギリシアのそれとは1000年以上の空白がある。一体なぜか?

プライスは差動歯車を考案して、太陽と月の運行を知る暦機械にしたと考えた。しかし彼が突然亡くなる数週間前になって、古代ギリシア以降、2個目の古い天 文時計の断片が、内戦のレバノンで見つかりロンドンに持ち込まれる。空白をつなぐビザンチン時代の、ミッシング・リンク発見であった。裏切り、出し抜き、 宣伝その他、争いの中でパズル解きが一挙に進むさまは、スリリングで飽きさせない。