対象書名:『日本人の大地像 西洋地球説の受容をめぐって』海野一隆著、大修館書店草思社、2,800円(税別)
掲載紙:週刊読書人
年:2007.02.09

 著者は本書校正中の昨2006年に亡くられた。したがって本書は、多年にわたって地図や地理をめぐる東西文化交流史の諸相に光を当て続けた研究者の遺稿になった。

前著『地図に見る日本 倭国・ジパング・大日本』と違って本書では、もう一つの側面、日本人の大地像、地球観に焦点を当てている。宇宙の中心に球体の不 動の地球があり、それを中心として天球が巡るという地球天動説(プトレマイオス宇宙体系)は、地球地動説(コペルニクス体系)以前のキリスト教世界では共 通の世界観であった。本書はこのうち、地球説の部分がどう摂取あるいは反発されたかを問題にする。最初の3章をなす三本は四半世紀前の雑誌論考であるが、 それに四章以下の書き下ろし10本を加えて長短全13編に上る論集になった。著者晩年の考えを伺うには十分な内容を持って構成されている。

扱う領域は大きく三分野である。一、南蛮以来の西洋地球説の伝来(ゴメス「天球論」と日本人までの最初の4章)、二、専門的な天文暦術家や通辞たちによ る受容(7、9章)、三、周辺分野の学者たちによる応接(5章の儒者、6章の神道家、8・9章の仏教家、12章の国学者)である。これに地球説の大衆化 (10章)と近隣諸国における受容問題(13章)の2章が加わっている。

一、二では、天円地方の渾天説が変容した大地直方体説が李朝初期の朱子学者権近に始まり、中国にはないという主張や、これが林羅山以下のわが国の朱子学 者の大地像に流れ込んでいる、との指摘が興味深い。本書の中心問題ではないが、飛鳥の水落遺跡が定説の水時計跡ではないとする著者の主張は、考古学的現地 調査の知見によれば、同意できない。しかし本書の特色は分野三、とくに神学・国学者と仏教説からの応答の部分にある。

一つは、天動地球説がすでに南蛮文化流入以前にわが国に入っていたのか、という問題である。14世紀の神道家忌部正通の『神代巻口訣』(江戸初期刊行) に、二重同心円図を掲げて、定まって動かない中心円の地をめぐって天円が動くという記述がある。正通が地球説に独力で達したと忌部派の主張があるが、海野 氏は、『神代巻口訣』を18世紀に「地輪ノ図」を描いて地球説を説いた忌部常春ら後代の偽書とし、正通の存在もでっち上げと断じている。史料批判の重要性 を喚起する一節である。神学畑でも、後代18世紀の淨慧の『本朝天文図解』は緯度平行な球状図法をもつ詳細な世界地図を載せ、淨慧を「かなりの天文地理学 者」と評価する。大地平板説の仏教須弥山説は西洋天動説と相容れないはずだが、初期には「方便仮門」として容認され、200年も経ってから時計仕掛けの須 弥山説を擁護して反論がつづく事情も興味深い。円通の『仏国暦象編』やからくり儀右衛門を動員した弟子の環中らを巡る動きは、明治に入っても佐田介石の 「視実等象儀」を生み出した。キリスト教排撃の護法運動というイデオロギーに、いかに科学が利用されたか、反省材料として読み取るべきくだりである。

論点中心の記述である本書は通史でないから、シドッティもスピノラも本多利明も扱われないし、天文学の先に地理学の重要性を指摘した西川如見の知見への 目配りも十分とはいえない。しかしそれを補ってあまりあるのが懇切な文献紹介である。それらを遺産として後続研究が出ることが期待される。(科学思想史専 攻)