金子 務(科学史家・形の文化会名誉会長)

書評対象:『世界歴史建築大図鑑』

ドーリングキンダースリー 著金子 務 監訳原書房 2013年5月

息をのむイラストと簡潔な記述で世界の旅へ

―以下は小生が書いた「広告文」です―

103の遺跡や建造物のすべてに押し通したバーズアイの透し画が、息をのむ美しさだ。それに解説も簡にして要を得ている。テレビ番組でも世界遺産100とか多いが、多く見られる説明不足はこの本が補ってくれよう。本書で出会う旅の初体験や見聞ずみの追憶も楽しい。私も、ブレーメン市庁舎を眺めては、そのワインケラーで嗅いだ17世紀産のワインの香りを思い出し、少年使節団も訪れたペーナ宮殿の地では太いロープ巻きの門柱を探した。魔術好きなルドルフ2世やケプラーもわたったカレル橋の彫像群がオンパレードで見られる。エンパイアステート・ビルには窓が6500あり、すべてアルミ枠とは。マリ共和国にある泥レンガ造りの大モスクではその補修風景を見てみたいものだ。日本からも日光東照宮と奈良の東大寺が選ばれているのはうれしい。

本書は世界遺産の案内書でもあるが、世界文化史のビジュアル入門書でもある。これから世界の旅をする人も、すでに重ねてきた人も、本書からさまざまな情報が得られるだろう。もう半世紀にわたって世界の取材旅行をしてきた私だが(今春、マレーシアの世界遺産マラッカとペナンを再訪し、また英国産業遺跡アイアンブリッジなどを見てきたばかり)、10回近くも訪れてきたエルサレムについても教えられた。聖墳墓教会の中央で十字架を建てたゴルゴダの丘の亀裂はナント、西暦紀元後の地震によるとか、岩のドームがイスラム圏初の建物であるとか。建築史の面でも、建築様式について周到な記述が見られる。その一方で、世界遺産の指定が欧米中心であった事情を反映してか、中国や東アジアの件数が少ない気もする。それは本書を、読者が新たな100選に挑戦するてがかりにしたら、との誘いかもしれない。