対象書名 アルベルト・A・マルティネス  野村尚子訳 『ニュートンのリンゴ、アインシュタインの神話 科学神話の虚実』

青土社 2015年2月刊 2900円(税別)

掲載紙 『公明新聞』2015年3月号文化欄

科学史には面白い逸話が多い。しかし面白さが高じて神話となり、当事者はカリスマとなるから放っておけない。いざや神話の鬼退治、である。全一四話。歴史家による丹念な証拠調べは、通読してまことに面白い。フランクリンが雷鳴の中で凧を揚げ雷が電気であると発見したとか、ピサの斜塔でガリレオが落下実験したとか、フィンチ類のくちばしの形状から進化論がダーウィンに閃いたとか、よく聞く話である。だが、違う、眉唾だ、とこの本は証明していく。ピサの斜塔や凧の実験神話、フィンチ神話は学会レベルでは退治すみだが、教科書の類ではまだ神話のままだから、大いに意味はある。

ニュートンのリンゴ落下談義、アインシュタインの相対論に元同級生の妻マリッチが協力、などはまだ虚実の被膜にある話である。アインシュタインには五話を宛て、ベルンの時計塔・スピノザの神・光速一定説・天才創造力の神話化を問題にしている。ただはっきりいえるのは、同時性の相対化のアイデアは、時計王国のスイスの首都ベルンで毎日時計塔の針を見ていたからとする俗説神話ぐらいで、あとは神の定義や公準の意義に関わる問題であり、子供のような好奇心が創造に重要なら発達心理学の出番であろう。

教えられた点も多い。マルクスが資本論をダーウィンに献呈したがったが、断られた、という話もただの誤解で、マルクスのサイン本がダーウィン蔵書にある、と突き止めている。とりわけ、ガリレオ裁判の真の狙いは、東方古代の異端カルト、ピタゴラス派神話の退治にあり、またユダヤ人虐殺を招いたヒットラーの人種純化政策はアメリカの断種法の影響があったという指摘は、重要である。神話となった賢者の石は錬金術師には見つからなかったが、化学者が放射性物質を発見して、ガンも治療できるようになった。神話が形を変えて現実化した例である。だから、科学という世界は面白いのだ。