動物としての人間に着目した古典に、ノーベル賞行動学者のローレンツの『攻撃』1,2(日高敏隆他訳、みすず書房)がある。動物たちの攻撃本能が種の維 持に貢献する一方、儀式化によって抑制する仕組みを発達させているのに引き替え、人間のおぞましさはどうだ、と考え込ませる物議をかもした書で、再読すべ きもの。本質的に比較解剖と系統発生の両面から人体のあり方を論じた三木成夫著『胎児の世界』(中公新書)も、熟読に値する名著である。いまをときめく養 老孟の兄貴分に当たるが、美しい図譜を駆使して、深く人間の諸相について考究したもの。三木解剖学の魅力は、何よりも「生命記憶」などという雲を掴むよう なキー概念を、解剖すべき生々しい生命体から直接的に構築してきた点にある。「生命記憶」は、アミ-バから人間に至るすべての生物が抱くもので、体制と環 境の無数の生活条件から同化しつつ適した生命の「原形」を体得(=憶)し、自らの体制に刻み(=記)つけてきた「おもかげ」とされる。いまエコロジーとか 環境とかいうが、私たちの身体に植物的な器官が埋め込まれていて、これを介して地球ー太陽系の営みに参加していることを、明確に解剖学的に示してくれてい る。私も解題に当たった遺著『生命形態学序説』(うぶすな書院)と併せて読まれるとよい。
活発に著作活動を続ける金森修のものでは、『自然主義の臨界』(勁草書房)は東西生命思想家、橋田邦彦・ベルクソン・フェレンツィ・三木成夫・ヘッケル などを摘出しながら、生命論の現状を照射している。これはある意味では生命論の多様性と困難さがどこにあるかを告げる書でもあるが、「摂食障害という文 化」の一章は、その文化史的意義とともに医学・臨床心理学・社会から見た心と身体のよどみを問題にしていて、読ませる。
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