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京都と中也を結ぶNPO法人京都中也倶楽部
 works > 書評(2000年以降のものを掲載しています)
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034 対象書名:マイケル・ブルックス著(楡井浩一訳)『まだ科学で解けない13の謎』草思社、2010年4月出版
掲載紙:『東京(中日)新聞』2010年5月23日号
 書評『まだ科学で解けない13の謎』

 こりゃおかしい、へー、知らなかった、という悩ましい科学の謎13を、当事者の取材をとうして纏めたドキュメント。どれも物理学、天文学、生物学、医学にまたがる大問題で好奇心を大いにそそられるが、危うい話題性に富み、事業仕分けの対象にもなりそうなものばかりだ。

 いわく、暗黒物質はホントにあるのか、二種の宇宙探査機パイオニアの軌道異常は物理法則の破れを示すのか、重力は昨日と明日では変わらないのか、常温核融合はホントに起こったのか、何を生命というのか、ヴァイキングは火星に生命を見つけたのか、あれは宇宙人からの一回かぎりの信号だったのか、あの巨大異形ウイルスが全生命の共通祖先なのか、なぜ生き物は死ぬのか、なぜ生き物はセックスにこだわるのか、自己責任というけど自由意志ってないのでは、偽薬(プラシーボ)効果の効果的利用法は、同種療法(ホメオパシー)は魔術じゃないのか、など。

 著者はなかなかの硬骨漢ジャーナリストだ。新たな科学革命は、もうわかったことからではなく、わからなくて異例であるとしてはじかれてきた問題から生じるのでは、という信念から問題に迫っていて、好感が持てる。際物めいた筆致を避け、十分にクールな論理を貫いているのもよい。

 それにしても挑むテーマは、まともな科学者なら二の足を踏むような大胆不敵な研究領域で、多くは研究費をカットされる憂き目も見ている。

 常温核融合の実験結果を公表して世界を驚かせ、しかしいまや魔女狩りの対象となってしまった二人の科学者にインタビュウして、革新の芽を読み解こうとしている。きわどい話題は終章の同種療法。起因物質なるものを、「類似の法則」と称して、繰り返し希釈・振とうして治療薬とする。この錬金術起業家の現場ルポと、問題は起因物質でなく解明不十分な水の存在形態の多様性にないのか、との示唆が面白い。
033 対象書名:野中正孝編著『東京外国語学校史』不二出版、2008年11月出版
掲載紙:『週刊読書人』2010年1月29日号
 生涯を括った執念の一冊・追悼野中正孝氏

  いま私は、1600頁を超える『東京外国語学校史』(不二出版、2008年)を前に溜息をついている。分厚い。1頁1000字。が、それ以上に、この編著者・野中正孝さんが、宿痾と闘いながら過ごしたこの数年の、孤独な作業と思いの深さに打ちのめされるのだ。みずから全文打ち込みし、小見出しをつけ、全頁割り付けで印刷直前までに仕上げた。千恵子夫人(同窓生)のお話では、ワープロ1台をつぶし2台目になった。野中さんは、生涯を括る執念の出版1年後、昨秋11月に逝った。享年76歳。

  私は同じ鎌倉に住み、勤め先の京橋界隈でも横須賀線でも、よく飲みよく語った同僚であった。駅近くのお宅で、退社後、10年以上前から、母校の同窓会史の記念出版事業に取り組んでいた彼の口から、「発見談」を聞くのが楽しみだった。東京外語大100年史編纂を補完するものとして、17専攻語学科の同窓誌稿や卒業生の寄稿を併せ編纂するのだが、原稿の集まりも悪く、精粗があり、戦前卒者の寄稿も少なかった。そこで提供データを手がかりに、全面的に取材・執筆し直す歴史家兼編集者の作業に忙殺される一方、急性心疾患などで入退院を繰り返していた。

  それでも楽しそうであった。とくに、欧風全盛に反発した中国通の川島浪速や宮島大八 (詠士) に入れ込んで、詠士書道展にも出かけた。本を見ると、清末の碩儒・張廉卿に私淑した詠士の中国留学 (計7年) に一一頁も割き、私が墓碑写真を進呈した長谷川辰之助 (二葉亭四迷) の記述、8頁分を上回る。後のドン・キホーテ翻訳者・長田寛定のスペイン文学史には、ナント21頁、巻末のシベリア抑留詩人・石原吉郎には8頁。このように知的好奇心を噴火するところが面白い。しかも手堅い。書中では卒業生や教師に名士が続出する。

  おかげで、読売新聞初の名物パリ支局長、松尾邦之助の消息も知った。パリに来た大杉栄(在籍)に会おうとしたと松尾が書くが、身分を隠した大杉のことが新聞に出るはずもない、と。富永太郎や中原中也のフランス語力には教師たちも警戒した。島田謹治の比較文学は外語大経験の所産かも。満蒙経営と蒙古語熱、卒業生の就職と配置状況は生々しい。

 野中さんは、不幸な中公紛争に耐えながら、仕事を自慢しない男だった。分厚い眼鏡をかけた淺黒い顔、切迫感を持って吐き出す声音、ときに激するが品格を失わない物言い、並々でない職人気質。中公本作りの名手には高梨茂、宮脇俊三、井上太郎らがいるが、加えてこの男がいた。中公新書の立ち上げに参加し、世界の名著や文学も手がけた。新書企画のほか、雑誌『自然』を母体とする「自然選書」立ち上げで野中さんに協力した。ロングセラー三木成夫の『胎児の世界』(中公新書)は、私が三木さんを紹介して始まったのだが、その名物講義を芸大生に混じって聴講していた。知る人ぞ知る装丁家でもあり、フロイスの『日本史』、マヤ神話『ポポル・ヴフ』初版、今西錦司記念論文集全3巻、などがそうである。
『東京外国語学校史』は、蕃書調所以来の明治・大正・昭和前期の語学教育史、外交史、学校史を知るのに必携、1500人に及ぶ巻末人名索引21頁は日本近代史研究の宝になるだろう。というと野中さんは照れるかな。
032 対象書名:『ブラックホールを見つけた男』 アーサー・I・ミラー著、阪本芳久訳、草思社、2,500円(税別)、2009年8月刊
掲載紙:「東京中日新聞」文化欄書評
:2009.08.23
 真理をめぐる不屈の挑戦

 一読後、ゼウスの怒りに触れたプロメテウスの難儀を思った。明晰な論と流麗な文で、天文学の帝神エディントンの著作に魅了されたものも多いはずだ。が、近づきすぎた天才インド物理学者チャンドラセカール(略してチャンドラ)は、学界や記念講演会で執拗な攻撃と揶揄の雷火を受ける。これが前半、後半は神々が消え、逞しくなった天才が本懐を遂げる。ブラックホール理論の命運もかけた、受難と栄光の科学史である。

 宗主国イギリスに渡った天才インド少年といえば、18歳のガンジーを思い出した。19歳のチャンドラも、発表論文5本とインド学界の期待を担って順風満帆の船旅である。1930年夏。が、行き先はミルン、ジーンズら巨人たちも加わる戦場だった。競う主題は謎の天体、白色矮星である。

 シリウスAは夜空で一番明るい星だが、軌道のふらつきから、伴星シリウスBが見つかる。地球ほどの大きさに太陽の質量が詰まった星。角砂糖1個分が大人分の体重(最新値は1トンに)もある。しかも冷たく暗い。巨星が重力でつぶれ、やがて内部放射圧と微妙に釣り合っている最後の星の姿、とされた。かくて白色矮星は、理論家たちの仮説とモデルと計算の草刈り場となった。

 チャンドラは、海風に吹かれながら、53年後ノーベル賞を共同受賞するファウラーの論文を読んでいた。そして思いつく。星の中心部が電子ガスなら、不確定性原理と相対論効果で電子群は光速度近くで動き回る。圧力と密度を計算した。白色矮星に限界質量があり、太陽質量程度(のちチャンドラセカ−ル限界とよぶ)となった。では、これに土ぼこりをまぶしたら、つまり、限界値より大きな質量で終末を迎えた白色矮星はどうなるか、と。収縮の歯止めは利かず、縮まって点になる!

 ケンブリッジに落ち着いて2ヶ月で白色矮星論文2本仕上げた。これが序章。頑固な自信家たちに、さすがはインド人、不屈な挑戦をあきらめない。愛も不信も、裏切りも友情も、差別も理不尽さもたっぷりある。あとは読んでのお楽しみだ。
031 対象書名:『宇宙の調和』 ヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳、工作舎、10,000円(税別)、2009年4月10日刊
掲載紙:『週刊読書人』
:2009.06.15
 天体運動の完璧な調和を求めて、17世紀科学革命の旗手の代表作

 本書は、17世紀科学革命の旗手ヨハネス・ケプラーの代表作全五巻の、初の完訳本である。原著出版は、惑星の第三法則発見の翌1619年、30年戦争に突入直後である。魔術愛好の庇護者ルドルフ二世没後プラハからリンツに去ったケプラーは、旧教スコットランドと新教イングランドの統一ブリテン王ジェームズ一世に献辞して、宗教的和解による宇宙と地上の調和を願う思いを込めた。

 この表題「宇宙の調和」といい、執拗なまでも音楽理論の解明に力点をあてた内容といい、ケプラーの理論的哲学的意図がどこにあるかは明白である。的確な訳注を参考にして繰っていけば、宇宙の調和とは、自由七科の実践的分野、算術・幾何・音楽・天文の四教を貫く調和比問題を指すことがよくわかる。

  ケプラーは幾何学図形を手始めに、音楽理論の調和論に徹底的に踏み込み、占星術研究を進め、天地の光の調和を吟味してから、終章に至って、これまでの長い宇宙的調和比論の成果の一つとして、輝かしいあのケプラーの第三法則、「惑星公転周期の自乗は平均軌道半径の三乗に比例する」が示される。第五巻結論の中で、「調和的整序は単純な幾何学的整序に優る」という言葉で、自分の長い研究史を総括している。問題の第五巻は本書全体の四分の一を占めるに過ぎない。しかし、あの時代のケプラーの思考と時代を追体験するには、まことに希有な証言の書である。

 なぜケプラーにとって調和比論が重要なのか。神の宇宙創造過程を調べる手がかりになるからである。

 まず、「単純な幾何学的整序」と呼ぶ幾何学が扱う量の特質は形と比にある、とケプラーは規定する。形は個々のものの大きさ、比は二つ以上のものの大きさの関係、である。グラーツ時代にコペルニクス理論に立って、太陽を回る六惑星の軌道関係を決める造物主の意志から、軌道半径と軌道間隔の比がプラトンの五種の正多面体に外接内接する仕方で決まるとし、正多面体宇宙モデルを『宇宙の神秘』(1596年)に発表した。それは、本書の基本におかれつづける。しかしティコを師とするプラハ時代になると、ケプラーには、精緻なティコのデータがその「幾何学的整序」モデルに合わないものがあることに気づく。その間、火星軌道の研究から、面積速度一定の法則(第二法則)と惑星軌道は円ではなく楕円(第一法則)を発見して、『新天文学』(1609年)に発表してきた。

 一方で、古くはプトレマイオスの『調和論』、新しくはヴィンツェンティオ・ガリレイ(ガリレオの父)らの音楽理論を徹底的に読破して、音楽調和論を深め、「可知性」の段階差と「造形性」の観点から、六惑星の軌道速度や大きさなどの調和比を探り出すのである。本書が、弦の調性や音組織、旋法、和声などを詳細に吟味するのも、「天体運動の完璧な調和」(第五巻の表題)を求める有力な手段と見なしていたからである。ケプラーは、音階の七つの和声関係が作図可能な正多面体に適用できることを見だしていたが、惑星の公転周期の比などを調べてもうまくいかず、最後に、距離を無視した各惑星の角速度の最大最小値の比が土星で長三度、火星で完全五度などになることを見いだしている。ティコのデータから第三法則を見いだすのも、神が定めたとする普遍的調和比への確信があってのことである。

 最後に、これだけの原書初訳に取り組んだ訳者と出版社の労に、心より謝したいと思う。
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